第83章 溺れる心
「だめっ!!!止めてください!!!」
垂れた長髪に阻まれて表情の見えない彼に駆け寄り腕を引っ張り叫ぶ
半身を橋から乗り出す様に突き出された男は今にも川に落下しそうな勢いだ
男は恐怖から真っ青になり言葉に成らない叫び声を上げている
通行人は騒ぎに立ち止まり辺りには軽く野次馬が出来ていた
風に扇がれて流れた髪の隙間から垣間見た彼の表情は正に作り物の様な無表情でゾッとした
整った顔立ちで男を見下げる瞳は鋭くも真っ黒で自身の手が震えているのが解った
男を殺す気ならば瞬殺していただろう……しかし、彼にその気は無いにせよ今にも男の腕をへし折ってしまいそうで冷や汗が流れる
私は震える手で懸命に腕にしがみついた
「やめて!!!!」
必死に上げた声はかなり大きく辺りに響く
彼はゆっくりとした所作で男を引き寄せると乱暴に突飛ばした
私の声は彼に届いた様だったが未だにまんじりともせず怯えた表情で震える男を見据える彼の腕に抱き付いていると
実に悠々とした仕草で男の前にかがみ込み
「沙夜子に触れるからいけないんだよ?本当は殺しても良かったのだけど、彼女には見せられないから……命拾いしたね」
低い声で吐かれた言葉は私の耳にもしっかりと響いていた
涙を流して放心する男に実に淡白な声色は声を荒げ無い分恐ろしく感じた