第81章 サスペンスは突然に
強面の見知らぬオジサンが突然自分を追って来るなんて出来事に遭遇したのは初めてだが思いの外恐ろしく、走る脚は僅かに震えた
私は何故追われているのか状況を理解するよりも前に観光客をかき分けてとにかく無我夢中で走り階段を駆け降りる
見えて来た日本海の荒波が砕けて白波が飛び散る断崖絶壁は曇り空の為に凄みのある雰囲気を漂わせていて追われている事も相まってサスペンスドラマが頭を過った
恐怖する場面でも案外呑気な事を考えている気がするが浮かべる表情は必死そのものだろう
サスペンスドラマなら私は完全に犯人の立ち位置だが実際にはオジサンが不審者だ
こんな時に彼が居ない事に理不尽に苛立ちながらも彼を探していると
絶壁の上をすいすい歩く彼の背中を見つけた
(おいッ!!!!!!!!!!)
正直私を置いてきぼりにしたまま観光を続けている彼の姿に戦慄したが今は彼の神経よりもオジサンが怖い
東尋坊は柵等が無く弾ける波しぶきを拝めるのだが彼は其れを見に行こうとしている様だった
私は足元の悪い岩場を此れでもかと急ぎ彼の名を大声で呼ぶ
しかし崖っぷち迄到着した彼の耳には届かず
振り返ると尚も追って来るオジサンと目が合った
………何故必死に追って来る!!!
私が彼の間近に迫った頃オジサンは流石は地元民といった所か、随分距離を縮めており
「そこの兄さん!!!お嬢ちゃんを止めてくれ!!!」
野太い声でそう叫んだ
「?!」
ゆっくりと振り向いたイルミさんは私に気付き言われるがままに私をホールドする
「?!」
「………?」
不思議そうに私を見下ろした後にオジサンを見遣った彼に
「お嬢ちゃん身投げする気だ!」
オジサンは強面を歪ませて大声で言い放った
「?!」
回りにいた観光客のざわつきを遠くに聞きながら誰よりも一番驚いていたのは私だった