第74章 嵐の街
8月10日
居酒屋のアルバイトが終わり彼の待つ駅ビル前へ出ようと急いでいると彼は珍しく駅ビルの中にいた
既に営業を終えた店が閉まり照明が落とされたビル内で静かに佇む彼を目撃するのは其れなりにホラーながら愛しい彼だと認識するのは早かった
「イルミさん!」
「お疲れ」
「お疲れ様です!」
弾む気持ちのまま駆け寄ると彼の手には使い物に成らない程ボロボロに成った傘が握られていた
私の視線に気付いた彼は溜息を付く
「強風でこの様。」
今朝ニュースから流れていた台風情報を思い出して納得する
何時もの事ながら彼は傘を一本しか持っておらずザアザアと強く地面を叩く雨音に帰宅は困難かと思わせた
普段ならタクシーが停まっている駅前通りだがこの台風で帰宅困難になったサラリーマンなんかが乗ってしまったのだろう
1台も見当たら無い
ニュースの情報によると今回の台風は勢力がかなり強いらしく電車も停まっているのかもしれない
「どうしましょう………」
私達は既に人気を失った駅ビル内の作業員用出入口にて立ち往生していた
すかさずタクシーを呼ぼうとアプリを開くが近所にタクシーがいない様で全く捕まる様子も無い
「…………抱えて走ろうか」
「いえ。」
焦りを見せる私を気遣っての発言だろうが恥ずかしい上に傘があっても無意味に思わせる滝のような雨の中出て行く事自体に抵抗があった
自宅迄徒歩で20分ちょっと………
彼が走ったとて5分はかかる筈でそれもまた気が引けた