第72章 花火と月
「これで平気でしょ」
「はい」
そんな彼に苦笑いを向けると彼は僅かに眉をピクリと動かした
「?」
「沙夜子の匂いがする」
「!?」
「シャンプーも洗剤も同じなのに不思議だね」
「臭いんちゃうん……!!すみません!!!」
「良い匂いだよ」
「………っ……イルミさんの方が良い匂いですよ」
「俺?」
自身をクンクンと嗅いだ後に首を傾げた彼が突然距離を詰めるので瞬時に熱が顔に集中して行くのが解った
首元に顔を寄せた彼は本当に至近距離に居る様で触れるか触れないかの間で彼の温もりを感じ息を飲む
さらりと手に落ちる髪だけが冷たく妙に擽ったかった
汗臭くないだろうか……ドキドキと高鳴る鼓動が聞こえていないだろうか……なんて考えている内に彼はゆっくりとした所作で元の位置に戻り
「やっぱり良い匂い」
と単調に呟いた
私は彼を直視出来ずに遠くの空を眺めながら照れ臭さを隠す様に前髪を整えるふりをして顔を隠した
瞬間、ドンと大きな音が響き
大きな花火が咲く
「始まりましたよ!」
「うん」
話を逸らす様に言えば彼も空を眺める
スターマインや尺玉を贅沢に使った豪華絢爛な花火は真っ暗な空を明るく照らし次々に散って行く
何の遮りも無い視界にキラキラと輝く花火は幻想的で溜息が漏れた