第55章 高層マンション
6月22日
居酒屋のアルバイトを終わらせ駅ビルを出ると外は雨だった
アルバイト前はあんなに綺麗な夕陽が出ていたのに…と思うとうんざりする
雨の中ゆっくりと此方へ視線を向けた彼は何をしても絵に成る…
傘から滴る雨粒迄もが彼を引き立たせる小道具の様だ
見惚れて居たのは一瞬で
傘をさして佇む彼の所まで少し距離はあるが走り抜けようと考えていると彼は真っ直ぐに私を目指して歩みを進めてくれた
その行為が嬉しくてまるで彼を独り占めした様な感覚に胸がキュンとする
「お疲れ」
「お疲れ様です!」
「………傘……」
「あ、忘れた」
彼の手に他の傘は無くどうやら雨を凌げるのは彼の持つ黒い傘一本だけの様だ
(相合い傘やん……!)
男女が二人きりで一緒に住んでおいて世間一般からするとおかしな事かも知れないが私と彼は只の同居人だ
そしてやはりここは乙女心というべきかベタな展開に鼓動が早まった
おずおずとしたままどうするべきか悩んでいると彼に手を引かれて同じ傘の下に入れられる
「ほら行くよ」
と言うなり歩き出す彼に遅れを取らぬ様足を進める
普段外出先でこんなにも密着して歩く事は無く、更には一本の傘の下という事もあり何だか二人だけの密室の様な錯覚に陥る
先程迄疎ましく思っていた雨音さえも私の耳にはムードを盛り上げる素敵なBGMの様に聞こえた