第48章 我が儘1つ
「………おやすみ」
そう言って不意に掬われた手は彼の手に弛く握られるが余りにも優しい力に私が少しでも拒否を見せれば直ぐにでも離れてしまいそうだ
「おやすみなさい」
彼の好意に甘えてやんわり握り返すと私は直ぐに意識を手放した
ふと目覚めると窓の外から注す夕陽に照らされて部屋は橙色に染まっていた
彼も眠ってしまった様で直ぐ隣でスースーと寝息を立てる表情は正に熟睡と言った感じで普段絶対に気を抜かない彼の気を抜いた表情が拝める
やんわりと握られた手はそのままになっておりひっそりと握られた指先で彼の手をなぞってみる
スベスベと滑らかな肌にしっかりとした骨格ながらゴツゴツとはしておらず不思議に思う
私の指先の動きが擽ったかったのか吐息っぽくくぐもった声が短く聞こえて密かに心音が早まった
彼を見ると僅かに潜めた眉にしっかりと閉ざされた瞼には長くカールする睫毛が影を落としていて本当に何度見ても端正な顔立ちに
美人は三日で飽きるという言葉が脳を掠めて美形はいつまでも飽きない。なんて思った
まじまじと彼を眺めていると不意に開いた瞳と目が合う
「……おはようございます」
「ん、おはよう」
_________"
私は彼の看病の甲斐ありすっかり熱は下がり体調も復活していた
夕食は彼の為にパスタでも作ろうなんて考えられる幸せを噛み締めつつスーパーで手早く買い物を済ませた
勿論ドラッグストアーには一番に立ち寄ったのは言うまでも無いが
帰路に付いていると擦れ違ったご近所の腰の曲がったお婆さんが真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く姿に驚愕して思わず手荷物を落としそうになる
目玉が飛び出る勢いで振り返ると首の後ろに針が刺さっているのがチラリと見えて膝が震える程怖くなった
針人形になっている様子は無く八百屋さんと会話を弾ませるお婆さんの姿を見届けて私は急いで帰った
「イルミさん鈴木さんのお婆ちゃんに何かしました!?」
「別に」
とは応えたもののニヤリと黒い笑みを浮かべた彼を私は見逃さ無かった……………が怖くなりそれ以上言及する事は出来なかった