第4章 歯ブラシ
憧れは憧れのままで……
私と、何より彼の為にも適度な距離は必要不可欠だ。
しかし、そこさえクリアすればまさに天国である。
予想ではあるが先程の彼の言葉には"俺は別に嫌じゃないけど"が含まれているのかも
少なからず自分は彼にとって好意的に受け取られているのだ
(幸せ過ぎるっ……航海に出んくても私のワ◯ピースはここにあったで弟よ……そしてラ◯テルはマイハウスっ……!)
絶対的に会える筈も無かった異世界の憧れの公とひとつ屋根の下過ごせるだけで私は世界一のラッキーガールなのだ
(…でも…それっていつまで……?)
私の思考を何も知らないイルミさんは「恥じらい、ね…」と呟きを落として
私の持っていた買い物かごにポイっと歯ブラシを投げ入れた。
我に返った頃には忽然と何処かに消えていた
マイワールドに浸り過ぎた自分を棚に上げて辺りを捜索するが見付からない
先程まで考えていた異世界滞在の期間がもし今日までだったなら……なんて考えが頭を回って不安が沸々と沸き上がった
不安が募れば募るほど彼を探す足は止まる事は無かった。名前を呼びながら必死になって売り場を隅々まで歩いて
何周目になるのだろう
また最初の場所に戻ってきた。
私はかごに入っている歯ブラシを見詰めた
もしかしたなら…彼は1日だけのつもりだったから寝具やらの購入を渋ったのかもしれない…
何が少しは好意的に受け取られているのかも知れないだ。思い上がりも良い所だ…
本当に短い時間だった
笑えるくらいに一瞬だ
彼はひょっこり現れて突然消えてしまった
だけど…本当に一瞬だったのに彼の事を沢山思い出した。人を真っ直ぐに見詰める人だった。得意気な声に楽しそうな声、拗ねた様に呟く声。懸命にこの世界を理解しようとする横顔
溢れて溢れて止まら無かった。
視界はいつの間にか潤んで霞み
漸く泣いている事に気が付いた
「全然話せてない…… 思い出作りも全然…… お別れくらい言わせてよ……」
人目も気にせずしゃがみ込んで泣いた
__________"
不意にトントンと肩を叩かれたが
誰かが店員さんにでも報告したのだろうと
顔を上げる気にはなれず何度も無視をした
「沙夜子どうしたの?」
私の耳に届いたのは彼の声だった
また涙が溢れた