第42章 釣り上げましょう
「イルミさんばっかりずるい!」
「沙夜子にセンスが無いのを俺のせいにしないでよ」
「…………頑張ります」
また無言で釣りを再開する
ピクリともしない竿先、5月のポカポカとした日射し、規則正しく鳴り続ける波音
彼と出会った季節はいつの間にか巡り随分と暖かくなったものだ
私はいつの間にか瞼が下がるのを感じた
「………すみません、私ちょっと昼寝します」
「おやすみ」
彼は淡々とした返答を返す
楽しんでくれてなによりだ
私は畳のスペースに寝転がり心地好い僅かな揺れを感じて数分もしない内に眠りに付いた
眼を冷ますと目の前には青が広がっていた
「うおっ!!!」
飛ぶ様に上肢を起こすと直ぐ隣に果てしなく海が広がる
寝転がった場所とは随分かけ離れており辺りを見渡すと
あと一回でも寝返りを打てば海へ水没する寸前の大惨事だった
全く泳げない訳では無いが何処までも続く青に恐怖を感じて背筋が凍る
「イルミさん!何で起こしてくれなかったんですか!」
「おはよ」
「………おはようございます」
「……いや、ちょっとくらい声かけてくれても……!」
「落ちたら何とかしてたよ」
「落ちたら……ね…あはは………」
(その前に助けてくれよ…………)
なんて思ったが気を取り直して私も再び竿を握る
暫くすると日は傾き眩しい程に反射する夕陽が彼の横顔を橙色に染め上げて美しいシルエットが浮かび上がる
潮風に吹かれて舞い上がる艶やかにたなびく黒が息を飲むほど綺麗で私はそっと視線を外した
そして私はついに一匹も釣り上げぬままイカダを後にした