第42章 釣り上げましょう
間延びした声がイカダに当たる波の水音と当たって響く
「キルが生まれた時かな」
「そうですか!……じゃあ悲しかった事は?」
「…………キルが生まれた時かな」
「………?」
真逆の質問に同じ答えが返ってくる
「弟が生まれるって嬉しいですよね。私も弟がいてるから」
「うん」
踏み込むべきか迷った
デリケートな彼の心にそんなに容易く踏み入るべきか否か……
しかし、好奇心とは違う何かが思考を動かす
彼の心に触れたい。
好意からの単純な欲望だった
「………私は弟が生まれて悲しかった事は何もありませんでした。」
「そう」
「何で悲しかったんですか?」
「………………」
彼は無言のままただじっと竿先を見詰め続けた後にゆっくりと言葉を紡ぐ
「……俺と似てなかったから」
「………そっか」
真意は解らない
ただ彼の声色が悲しくてぎゅっと胸が苦しくなった
チラリと見れば伏し目がちな目に長く伸びた睫毛が風に切な気に揺れていて
私はそれ以上何も言わなかった
___________"
「きた」
「まじですか!」
ピンと張った糸の先にバシャバシャと水飛沫が上がる水面に私は直ぐ様玉網を右手に近寄れば紅色に鱗を輝かせた真鯛が打ち上がる
釣りたての鯛を慣れた手付きで保存用網のビクに入れる彼は得意気に五匹目と呟く
一方私はと言うとイカダに来て三時間何も釣り上げていなかった