第1章 溶かされる温度
まさかそんな悲しそうな顔をするとは思わなくて、慌てて手を出そうとしたが躊躇した。
いま、私は手汗がすごい。皺に汗が滲んでいるのがわかる。銀さんにそんな顔はしてほしくない。仲直りはしたい。けど、こんな汗ばんだ手で握手をしたくない。じっとりしていて気持ち悪い、なんて幻滅されたらショックだ。
握手をするということはスキンシップをとるということだ。まだお付き合いを始めてから日の浅い私たちは、これまで手すら繋いでいない。それをいま、面と向かって握手だなんて。
だって、と口を開くと銀さんの視線を感じた。口をつぐみそうになったが、私は再び冬の雲に目を向けながら言葉を続けた。
「こんなの照れない…?」
言い終えてますます恥ずかしくなる。銀さんの返答はない。ちらりと表情を伺うと、少し驚いたような顔で目を見開いていた。私、変なこと言ったかな。不安になってじぃっと見つめると視線が合った。
銀さんは、ふにゃりと笑った。
「俺、夢乃のそういうところが好きだわ」
「なっ…」
ぼっと顔が赤くなり、一気に熱を帯びる。銀さんの言葉を頭の中で反芻する。嬉しさと気恥ずかしさで、魚のように口をパクパクとさせる私を見て、銀さんはおかしそうにハハと声を出して笑う。
銀さんは意地悪だし、人のことをからかったりする。私はいっつもからかわれて笑われる。だけど、たまにこうやって素直な気持ちで笑ってくれる。そんな彼に愛おしさが込み上げてきて、私の胸はいっぱいになるのだ。
「仲直りしよう」
「…うん」
もう一度差し出された手に、私も素直に応える。
手のひらが触れる。窪んでいるところ、盛り上がっているところの凹凸を感じる。銀さんのすらっと長い指に、私の小さな手がきゅっと包み込まれる。触れた手は温かくて、少ししっとりとしている。
ああなんだ、私と同じなんだ。
「俺いま手汗すごいけど気にすんなよな!」
なんだか強がった口調に、小さく笑う。私を包む手が握る力をぎゅっと強めてくれた。
「お前の手、冷たいな」
「銀さんの手は温かいね」
そう言って私も握り返した。
すっかり機嫌が直った私の手をそのままひいて、銀さんは歩き出す。着物似合ってる、ぽそっと呟いた銀さんの横顔を見ると、柄にもなく頰や耳が赤く染まっていて、つられて私も照れて黙ってしまうのだ。
(そうして同じ温度になる)
