第6章 【猿飛佐助】無知に基づいた論証
千花の名前を出した途端、びりびりと走る緊張感に、光秀が気付かないはずも無かった。
それであってもいつも通りの表情を浮かべたままの佐助を、光秀は興味深そうに観察する。
「俺は、彼女に呼び出されただけ…誰の命令も受けておらず、ただ友人に会いに来た迄です。
千花も彼女と随分仲が良い様子だから、そんな所では無いかと思いますけど」
「…そうか。ではお前の言葉をそのまま、御館様に報告しておくとしよう」
そう言って踵を返した光秀はしかし、何処か楽しげな笑みを浮かべ、くるり、と振り返った。
「その後、御館様がどう判断されるかは俺の預かり知らぬ所…
未だ安土に滞在させる気なら、あの娘から目を離さぬ方が良いだろうな」
光秀を見送り、ふう、と肩の荷が下りたかのようにため息を付いた佐助は。
しかし未だに消せない緊張の色を湛えたまま、少しずれ落ちた眼鏡に指を沿え、定位置に戻した。
一体誰がどう動くのか、予想もつかない中で。
着々と、彼女達のバレンタインの準備だけが順調に進んでいく――