第6章 【猿飛佐助】無知に基づいた論証
「ばれん、たいん…」
「そそ!私や…佐助くんが生まれ育った辺りの風習でね。女性から男性に、日頃の感謝なんかを伝える日なんだよー!
…あとは、好きだって告白したり、ね」
彼女の言葉を聞き、千花の顔が思いがけず真っ赤に染まる。
忍びにも色んなタイプがいるんだな、佐助くんみたいに完璧ポーカーフェイスである必要は無いらしい――そんな事を考えながら、少し年下らしい千花が可愛く思えてきて彼女はにまにまとほくそ笑んだ。
「それにね、スイー…っと、甘味、を付けるのが慣わしなの。でも一人じゃなかなか大変だからどうしようかと思ってた矢先に、千花ちゃんの視線に気付いたってわけ」
「…四方や、姫様がお気付きだとは思いませんでした…己の未熟さを、痛感致しました」
「ふふ、佐助くん曰く…同性だから気付くってこと、あるらしいよ?」
佐助が安土に来る度、千花が彼女の部屋の見張り番として一緒に来ていた事。
軒猿としては千花の方がキャリアが長いが、いつの間にかそれを追い越し筆頭格までのし上がった、佐助への畏敬の念。
ぽつぽつと零すように、話し出す千花。
「佐助様にはいつもお世話になり通しで…その様な風習があるのであれば、是非私もそれに肖りたい。
日頃の感謝を、お伝えできればと思います」
「うんうん!そう言ってもらえると私も助かる!」
彼女はふむふむ、と頷きながら。
千花の佐助への想いの正体が、所謂恋煩いであると確信する――しかし、佐助様、と名前を呼ぶだけで泣きそうになっている千花。
「姫様、是非とも…宜しくお願い致します」
いつもならすぐにからかってしまいそうな所を飲み込み、すっかり仲良くなった様な気分で千花の細い肩を抱く――どう見ても、どう考えても、千花は良い娘。
「ふふ、千花ちゃん…そんなに畏まらなくてもー!仲良くやろー、ね!」
またにやけてしまいそうになる頬を少し抓って、彼女はにっこりと微笑んだ。