第5章 【徳川家康】日和姫
「ふふ、そんな事を仰るお顔がほのかに赤いのは何故でしょう…ね?家康様。
貴方も、御自分に素直になられたら良いのに…三成くん、みたいに」
風の噂、を流したのは恐らく政宗だろうと察しがつく。
今更それを恨んでも仕方がない、と腹を括った千花は、より一層勝気で、蠱惑的な笑みを浮かべ。
今まで主導権を握っていた家康を、冗談めいた言葉で煽ってやる様な、そんな気持ちで声を発した、つもりだった。
「それでやり込めれると思っているなら…随分と御座なりだね」
どん、と、静かな朝の道場に響き渡るような大きな音で。
千花の顔、そのすぐ隣の壁に家康は手をついた。
まるで心も体も追い詰められてしまった様な心許なさに、千花は息を飲み、目を泳がす。
心根まで見透かされそうな家康の視線を、避けるように。
「…随分と、怯えている様だけど?」
「そんな、ことっ…!」
「あるよ。いくら虚勢を張った所で…あんたはあんたでしかないんだから」
家康の強く、非難するような言葉はしかし。
優しく、暖かみを持った声色で、千花に届いた。