第5章 【徳川家康】日和姫
「何してるの。はぁ…言わんこっちゃない」
痛みからか、はたまた、家康の纏うぴりぴりとした雰囲気からか。
千花の目には思わずじんわりと涙が込み上げ、しかし見せたくない、と奥歯を噛み締めて俯く。
――彼は、強いおなご、が好きなのだから。せめて、最後くらいは…
そうして、俯いたままの千花の頭上から。
「童の様に好奇心旺盛で、向こう見ずな姫君…変わらないね」
少し柔らかい声色で、想像だにしなかった言葉が降ってきて。
弱々しい表情に驚きの色を湛え、隠すのも忘れて家康の顔を見上げる。
――そして、はっと息を飲んだ。
「…覚えてらしたのですか…?」
「勿論。熱く煮えたぎった茶釜に触れようとした、なんて忘れられないし…第一、覚えておくって言ったでしょ」
まるで火傷の手当をしてくれた、あの時のような。
ほんの少しではあるけれど、優しさの滲む家康の表情。
嬉しさと、今更ながら触れられていることに体温が上がり。
押し隠すように、急いで言葉を紡ぐ――
「童の様、なんて相も変わらず、家康様はおなごに対して失礼ですね」
「…あんた、帰ったら見合いがあるんだってね」