第5章 【徳川家康】日和姫
宴が始まって、もう何刻か。
お市の方と千花の周りには人だかりが出来、しかしその人垣の合間を縫う様に、千花の目は只一人を探していた。
そして、そっと目を伏せる、その繰り返し。
「千花姫、楽しんで居られるか」
「…政宗様」
その視線にとうに気付いていた政宗は、頃合――家康が広間を後にして、千花が一等哀しげな顔を見せた時――を見計らい、隣に座った。
「政宗様は、お料理がお上手ね。どれもこれも格別の味でした」
「の割には、箸は進んでなかったな。何か、物思いにでも耽っているようなご様子だったが?」
「…おなごの食べる量まで気にされるなんて、目敏いのですね。いえ、粋狂とでも言いましょうか」
「はは、滅相も無い。俺の作った料理が果たして気に入ったか、不安に駆られ確認していたまでの事」
その口振りとは違い、自信に満ちた政宗の鋭く蒼い目が、楽しげに歪むのを見止め。
しかし千花は競り負けることも無く、涼やかにに細めた目線を返す。
「…そう言えば、政宗様は、洒落た眼帯をされているのですね。ものもらいか、何かかしら」
何とか話を変えようと口を開く千花は、先程視線を交わした時に、政宗の眼帯が普通のそれとは違う事に気付いていた。
いつかも自分と家康を引き合わせた、旺盛な好奇心に擽られる様に。
何の他意も無く、政宗に問いかける。
「あぁ、気に入りの刀の鍔を眼帯代わりに着けているんだが…はは、ものもらい、か」
「違ったかしら、あの…」
「片目は、失って無いんだ。幼少の頃、病でな」
政宗の微妙な表情に千花は言葉を濁そうとするも、間に合わなかった。
飄々と返された答えに、言葉が出ず。
思わず地の自分を隠すことも忘れ、息を飲み、黙り込む。