第5章 【徳川家康】日和姫
遡る事、幾年前か。
信長様が催された大規模な茶会に呼ばれた私は、野点の雰囲気を満喫しながら天幕の間をそぞろ歩いていた。
そこで、金に輝く豪華絢爛な茶釜がぽい、と無造作に置かれているのを目にする。
わぁ、と思わず感嘆の声を上げて、近寄り。
中身まで金なのかしら、なんてどうでも良い事が気になり、そっと蓋を摘もうと指を伸ばす…
「ちょっと、そこのあんた!何やってんの!?」
突然背後からかけられた声に、びくり、と手を引っ込めた、その時。
しゅっと手の端が茶釜に擦れ、その熱さに驚き声をあげた。
「あっ…!」
「…声をかけても、結果同じだったね。ほら、見せて」
声の主はさっと回り込み、私の手を取った。
ふわふわと、細やかな金糸の髪が風に揺れる。
「さっきまで火にくべてあったから、冷ますために外に置いてあるんだ。童もいないし、まさか触る奴なんていないだろう…って、ね」
彼の揶揄するような口調に、恥ずかしくてさっと頬に熱が刺す。
彼はそんな私を気に止める様子もなく、赤くなった患部を見ると、懐から軟膏を取り出し、塗り込めた。
「そこまで酷い火傷じゃないから、これで痕は残らないよ」
「ありがとう…ございます」
そこで、顔を上げた彼と初めて視線がかち合う。
翡翠色の、強い眼差しに射抜かれたような、痛みにも似た衝撃が走る。
彼はにこりともせず、さっと顔を逸らし立ち上がると、踵を返し立ち去ろうとする――
「お、お待ち下さい!あの、お名前だけでもお聞かせ頂けませんかっ…!」
「別に…名乗る程の者じゃない」
「私はっ…!千花と言います!」
此方が名乗れば名乗らざるを得ないだろうと、無理やり響き渡るほどの大声で名を告げると。
彼は至極面倒そうな表情で、振り返った。
気怠げな表情にすら、どきり、と心臓が痛む。
「俺は、徳川家康」
「…家康、さま」
「千花姫。童の様に好奇心旺盛で、向こう見ずな姫君だって、覚えておいてあげるよ」
「なっ…!!」
そんなやり取りを経て今度こそ、彼は振り向くこと無く歩き去る――