第5章 【徳川家康】日和姫
お市の呼びかけに応えるように、楚々とした足取りで。
一人の女人が部屋に入り、座して襖を閉め、頭を下げた――そこまでの動きが、まるで流れるように、淀みなく洗練されている。
白い打ち掛けに、白い肌。
艶やかな黒髪が、その上を流れるように滑る。
そして上げられた面はお市に負けず劣らず、美しく光り輝くように、武将達の目には映った。
お市の方を咲き誇る赤い薔薇に例えたなら、此方は控えめに、しかし大輪の頭を下げる白百合か…
三成ははっと我に返ると、呑み込まれるような雰囲気に、所在なさげに視線を漂わせた。
そして、何故か険しい表情を浮かべた家康に気付く――何故だろう、と疑問に思うも束の間、彼女が口を開く。
「信長様、突然の訪問、申し訳ありません。久方振りにございます…千花です」
「そのような堅苦しい挨拶はいらん。貴様も漸く礼儀を学んだか、千花」
「あら、何をおっしゃいますやら?私ももう大人の女性ですから、当然の振る舞いです」
「…ふん、左様か。跳ねっ返りのじゃじゃ馬が、よくも化けたものよ」
そのやり取りを聞いていたお市が、不満げに信長の胸元を肘で小突いた。
「お兄様!おなごに対してその様な言い草、だから嫁が来ないのですよ!」
「…あぁ、すまぬ。つい、昔のよしみだ…許せ、千花」
「…別に、気になどしておりません…それより」
千花はぐるり、と窺うように部屋を見渡した。
一人一人の顔を確かめ、そして――家康ににこり、と笑いかける。
美しく弧を描く口元、魅力的な笑顔、にも関わらず。
家康は眉根を顰め、愛想を返す様子もない。