第3章 【上杉謙信】ヘーラーの嘆き
矢継ぎ早に放たれる言葉。
ぐるぐると渦巻く視界。
居た堪れない気持ち悪さを覚えて、視線を下げる瞬間、また彼女の歪んだ紅い口元が、印象的に映る――
「…正体見たり、ですね」
突然聞こえてきた声に、和泉様がばっと、鋭い目で辺りを見回した。
私は、その温かく安心する声色に、少し涙ぐみかけた目を拭う。
「だれ!?」
「上杉家には幾人もの忍びが仕えております。大事な千花様を、謙信様がお独りで歩かせるとお思いですか」
姿が見えないことに、和泉様は腹立たしげに唇を噛み。
足早に、ほんの少し寒空の下に残っていた草を散らすように去っていった。
風に舞う、最後の緑の葉を目で追うと、先程まで誰も居なかったはずの場所に佐助君が姿を現す。
「大丈夫?千花さん」
「…うん、大丈夫。全部、和泉様の言う通り、だし」
「全然、大丈夫じゃないね」
小さく佐助くんが零しながら、何かを確かめるように私の頬に触れた。
目の下あたりをぐり、と押され、思わず顔を顰めると、その手はすぐに離れていった。
「やっぱり、こんなに冷えてる。もう部屋に戻った方がいい、謙信様には俺から言っておくから」
「ありがとう、佐助くん」
「…謙信様に、今のやり取りチクっておこうか?きっと、面白い事になると思う」
佐助くんの眼鏡が、きらり、と光る。
本気なのか冗談なのか、掴みかねてじっと見つめ返すと、無表情だった佐助くんがふ、と小さく笑った。
「まあ、いいか。ああいう輩は放っておいても自滅するって相場が決まってる」
何も返せないまま、俯いたまま。
促されるように背を押され、歩き出す。
随分と酷いことを言われた気がするけれど、肉親を亡くしたという彼女を、憐れむような気持ちが絶えない。
でもきっと気高い彼女は、そんなことは望んでいない――