第3章 【上杉謙信】ヘーラーの嘆き
二人で並んで、会話もないまま庭をそぞろ歩く。
自分はどちらかというと人懐っこくて、初対面でも苦なく話せるタイプなのに、彼女の雰囲気がそれを許してくれないように感じられて。
ひりひりと緊張感のある空気が肌に刺さるような感覚を覚え、思わず俯く。
じゃりじゃりと、草履の裏が地面を滑る音がやけに耳に響いて、不快感に耳を塞ぎたくなる――
「千花様、と仰いましたか」
その声に、弾かれるように顔を上げた。
変わらず美しい表情で、こちらをにこやかに見つめる和泉様。
しかし謙信様を前にしていた時とは明らかに違う、冷たさを感じる声…そのように思ってしまうのは自分の心持ち次第だ、と小さく頭を振る。
「はい、千花と申します」
「どちらのお家の生まれです?ご出身は?」
「…い、いえ…そんな、お教えする程の名の通った生まれではございませんので」
務めて明るく答えようとした、けれど。
その問いかけの内容に、段々返す声が小さくなる。
「そうなのですね。では、謙信様は何故その様な貴女をお傍に置かれるのでしょうか」
「そ、れは、」
「私の姉、伊勢姫は御存知?大層謙信様に愛されておられた、お二人の寄り添うお姿は私の憧れです」
きんきんと、可愛らしい和泉様のお声が何故か耳鳴りの様に反響する。
頭の中をぐるぐると、その言葉の意味だけが渦巻いて止まらない。
「私は、そのお姉様に生き写しだと言われて育ちました」
「では、私こそ謙信様のお傍に居るのに相応しいと、千花様はそう思われませんこと?」
「謙信様は名の通った武将。ならばその伴侶も斯くあるべきと、きっと皆様思われているに違いありません」