第3章 【上杉謙信】ヘーラーの嘆き
「今や、その父もこの世に在らず。母がわりに育ててくれた姉も亡き今、どの様にこの乱世を渡って行けば良い物やら、考えあぐねております」
和泉姫様の白い肌を、玉真珠の様な涙が一粒滑り落ち。
それをそっと袖口で隠す姿は嫋やかで、同じ女性であっても加護欲を唆られる様な、抱き締めてあげたいような切なさに駆られる。
「上杉殿、どうか和泉姫にご慈悲を賜りたく、参上奉った次第に御座りまする…!」
一緒に来られたお付の方も、涙を流しながらそう謙信様に訴えかける。
思わず、謙信様のお顔をじっと見詰めてしまう――どうか、彼女を助けてあげて、と。
謙信様は一瞬こちらをちらり、と見て。
それから隣に居る私にしか聞こえない程の、微かなため息をついた。
「お前達の願いはよく分かった。俺とて、昔からの同盟国の申し出を、無碍にする気もない」
謙信様のお返事に、見るからにほっと息をつかれたおふたりを見て、私までほっとする。
良かった、これで姫も少しは心強いに違いない…そんな心ばかりの安堵に、俯き加減だった顔を上げると。
こちらをじっと見ていたらしい、和泉様の強い眼差しと目が合う――
「どうするかは、追って話をする。今しばらく、越後に逗留するがいい」
「ありがとうございます、謙信様」
先ほどの強い眼差しから一転、謙信様に儚く笑いかける和泉様。
たまたまだったのだろうか…それとも私の、考え過ぎだろうか。
和泉様がまた涙を隠されるように、上げられた袖口の陰から。
初めに見た時のような、歪んだ口元を見とめてしまい、はっと息を呑む。
「千花、俺は此奴と話をする。和泉姫を連れて散歩でもして来い」
お付きの方と話されると言う謙信様の言葉に、小さく、わかりました、と返す。
どうしてか、先程まで美しく見えた彼女の事が怖くて、仕方がない――