第3章 【上杉謙信】ヘーラーの嘆き
次の日の朝、私は謙信様と客人を迎えるため、広間にいた。
謙信様の連れ合いとして隣に座るのだから、と、女中さんたちに立派な着物を着せてもらい、少し浮かれる。
謙信様や、すっかり打ち解けたその家臣の方達と談笑しながら待つこと暫く。
楚々とした足取りで其処に姿を現したのは、息を呑む程美しいお姫様だった。
黒々とした長い髪が、腰のあたりで一つに纏められ、つやつやと朝の光を吸い込むように輝く。
まだお若いと見えて、白く張りのある肌に、血色の良い赤い頬。
なのに大人びた、何処か憂いを帯びた切れ長の目に、長い睫毛が影を落とす。
思わずそちらを見蕩れるように眺めていると、彼女はす、とこちらに視線を向けた。
そして、その形の良い口元がゆらり、と半月の形に歪められるのをみとめる。
どういう表情だろう、緊張なさってるのかな、なんて考える――彼女はそのまま私達の前に座し、頭を下げられてから、まるで鈴の鳴るような声を発された。
「久方振りにございます、謙信様。上野の千葉家より、御挨拶に参りました和泉です」
「遠路遥々、御苦労。女人の身では、この冬の寒さの中、道中大儀ではなかったか」
「いいえ、謙信様に久々にお会い出来るとあらば、束の間の道程でございました」
昔の馴染みだ、と聞いている。
きっと謙信様も、和泉姫様も嬉しいに違いない――事実、彼女の表情は喜びに満ち溢れている。
さて、謙信様はと言うと…ちらり、と確認してみたその顔は想像していた物とは違い、何故か少しだけ、苦しげに見えた。
細められた目からは、その感情は伺いにくい。
「それにしても、生き写しとはまさにこの事だな」
「えぇ、よく父からもそう言われました…亡き、伊勢姫によく似ている、と」
「…伊勢姫、さま」
思わず、小さく反芻する。
その名には、聞き覚えがある――