第12章 【徳川家康】Vampirism(ヴァンピリズム)
「…うれしい、ありがとう、いえやす」
そう言うと、途端に千花はふにゃりと、力の抜けるような笑顔を浮かべた。冗談だよー、と二言目には続きそうな雰囲気すら醸し出すのに、小さく震えたままの細肩が、真実であると教えてくれる。
「…あの、ね。
ヴァンパイアって言っても、別に血を吸わなくてもそれなりに生きていけるの。どうしても困ったら血液パックで補充できるから」
「…う、ん」
「実際ね、私は今まで、生きた人間の血を吸ったことも、吸いたいと思った事も無かったの」
血液パック。
人間の血。
当たり前のように彼女の口から飛び出る言葉に、内心では驚きながら。しかしお首にも出さないように、ただ只管に聞き役に徹しようと試みる。
そんな俺の試みは、次に千花が発した言葉で呆気なく破綻した。
「でもね、パパに聞いてた…好きな人が出来ると血を吸いたくなるから、気をつけなさいって。
ほんとの本当だったみたいで」
「…う、ん…!!」
パパもママに出会った時、血を吸いたくて仕方がなかったらしいんだよ、だの。最近家康と会う度に自分が自分じゃなくなるような感覚がしてたの、だの。
必死に千花が話す言葉は、どんどん耳をすり抜けて行く。
好きだと直接言われるより、回りくどいのに真っ直ぐに伝わってくる千花の好意。
彼女の自覚がない分、効果的に働くようで…真顔を保つだけで必死だから、つい返事がおざなりになってしまう。
果たして自分は平静を保てているのだろうか、不安になるほど熱ばんで来たのを感じていると。
そんな俺とは対照的に、笑顔だったはずの千花の表情はどんどんと曇っていく。