第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
家康様は、その言葉に。
大層驚いた様に、大きく目を見開き、暫く私を見つめるとため息をついた。
「…知らないの?」
「だって私、聞いていません。
自分が好かれてるなんて、まさかそんな…
そんなに、自惚れられませーん」
笑いを堪える私とは対照的に、家康様はほんの少し、眉間のシワと…染まった頬の紅を濃くして。
そしえまた、溜息を…いや、深呼吸だろうか。
一息ついて、口を開いた。
「たくみの事を好きじゃなかったら、着いてきてほしいだなんて…言わないでしょ」
「わあ、そうなのですねー!嬉しいっ!
天にも昇るような心地ですっ」
「…そう。何とも白々しいね」
拗ねたような物言いすら、嬉しくて仕方なくなる。
好き、という言葉だけで、胸の空白がすっぽりと収まり。
イライラももやもやも、まるで消え失せたように晴れやかで。
一頻りにやけた後に、はっ、と本題を漸く思い返す。
緩む頬を引き締めたのを、家康様が怪訝そうに見ている。
「私もね…家康様の事、好きです、よ」
言ってしまった!
言わないつもり、だったのに!
――そんな、妙な感慨に打ち震えながら家康様の表情を窺う。
「そうなんだ」
「…ありゃ。嬉しくないのですか、両思い」
「そりゃ、嬉しくない訳じゃない、けど。
たくみの言い方が、およそ幸せそうじゃないからね」