第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
「わ、わ、すいませんっ…
ちゃんと確認もせず開けてしまってっ」
「…いや、こちらこそ」
謝りあって、それきり。
家康様は口を噤んでしまった。
私はと言えば、あたふたとくっついている身体を引き離したものの。
それでも、強い力を持って掴まれたままの腕に、どうにもし難くて立ち尽くす。
近すぎる距離に、変にドギマギと。
さぞ挙動不審な姿だろう、と――向かい合う翡翠の瞳の中に映る、自分の姿を探してみたけれど。
探し当てる前に、家康様はふい、と視線を落としてしまった。
ふわふわと、ゆれる猫っ毛。
緩やかにへの字を描く口。
潜められた眉根と、細められた目。
あからさまに不満げな表情、それに反してぎゅっと力のこもったままの腕――
「…あの、家康様。
ひとまず、中に入って座りませんか?
立ち話もなんでしょう、ね?」
こくり、と小さく頷き。
わたしの促すまま、一旦腕を解いて部屋へと入ってくる家康様。
座布団を並べ向かい合う、それでもまだ沈黙は続く。
腹をさぐり合うように、時折目線だけがふわりとかち合っては、また逸らされる、その繰り返し――