第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
「…ただいま」
振り向かなくても、誰のものか分かる声音。
何だか随分久しぶりに、聞くように思えた――おかしいな、いつもより近くに居るはずなのに。
この身を取り巻く、理不尽な環境。
衝動そのままに、にじり寄って胸倉掴んでやりたい。
でも、そんな事出来るはずもなくて…
おずおずと、振り向いた先――
にこにこと笑いながら、脇差を受け取るちぃちゃんと。
羽織りを腕から抜くのを手伝う、ぬのちゃんと。
ひざまづいて草鞋の編上げを解く、ひろちゃんと――
「はぁ、自分でやるって…いつも言ってるだろ」
「主人を労わって、何か問題でも?」
「家康様は、殿様としてのご自覚が足りてないんですよねぇ」
「お疲れなんですから、甘えて下さいよー!」
その光景を見て、さっきまでのそれとは比べ物にならない程。
痛苦しい程のもやもやに包まれて、目をそらす様に下を向き、ぎゅーっと拳を握り締める。
「…たくみ?何してるの、そんな所で」
そして、漸く私の存在に気付いたらしい呼び声に、弾かれたように顔を上げる。
驚いた様な表情、見ていられなくて、猛スピードで部屋へと駆け戻る――