第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
「…たろうさま、帰ってしまわれるのですか」
結局、夕方まで何をするでもなく傍に居てくれて。
日が沈んでしまう前に、と帰り支度を始めた太郎様の見送りに、玄関まで出てきていた。
「夕餉を用意させますよー?」
「もっとゆっくりして行かれたらいいのにぃ」
「家康様も、じきに戻られる頃ですよ」
いえやすさま。
その名前にほんの少し、思わず反応してしまったらしい私をちらり、と見て太郎様は笑っている。
何も核心には触れていないのに、全てを見透かされたような心地に、私も苦笑いを浮かべる。
「申し出は有難いが、家の者が夕餉を支度している頃なので今日はお暇致します。
またゆっくり、お邪魔させてもらおう」
「「「はーい、お待ちしてまーす♡♡」」」
はーと、が飛び交う中でもクールに去っていく太郎様の背中を少し寂しく見送る――
と、思った矢先。
太郎様が、少し意地の悪い笑顔で振り向いた。
「…そうだ、たくみ。
傷が開いてしまった、から家康様の御殿で静養だと聞いていたが…大事無さそうで良かった。
ちゃんと治してもらえよ」
「っ、へ!?あ、そ、そうだらー!
お見舞い、ありがとうございました…っ!」
今度こそ踵を返し去っていく、太郎様の背中が見えなくなってから、ちぇっ、と小さく舌打ちをする。
三人娘が何事かと見やってくるのに手を振って、私も自室へと戻る。
そんな設定で連れてきてるなら、初めから話を通しといてよね、と。
訪ねてきたのが太郎様じゃなかったら、どうなっていたか分からんらっ!
憤慨しながら、足音も荒々しく――
「家康様!」
「お帰りなさいませ」
「今日も、ご苦労様でございましたー!」