第2章 【徳川家康】God BLESS you
広間から出てすぐの縁側を見渡す。まだ暖かい時分には、千花が酔っ払ってふらふらと広間を後にし、縁に腰掛けて星を眺めるのを追いかけた物だった。流石にこの寒さでは、その姿もない。
酒が足りなくなったのか、と酒蔵や厨房に下りてみるも、その姿はなく。念のため、と千花の部屋を訪れてみるも戻っていない。
「…山口、彼奴に与えられた客間は何処」
「は、此方にございます」
二人揃って姿を消した以上、もう考えられるのはそこだけだ…自覚なく上がっていく歩調。焦りがぐるぐると、歩みに比例して胸を渦巻く――
「もう、秀秋様ってばー!」
「はは、千花様は愉快な御人ですね」
すると、客間に近づくにつれ千花の楽しげな声が漏れ聞こえてきた。隣に歩く山口も、咋にほっとしている様子だ。やはり杞憂だったか、と息をつく。
「秀秋様、徳川様が参られました」
「山口、いいよ、開けて」
秀明の言葉に、山口がすっと襖を開く。
「あ、いえやすー!」
「家康殿、我が部屋へよくぞ来て下さった!」
盃を掲げ、けらけらと笑う二人。飲みすぎだろ、と咎めようとしたその時、秀秋の口がにやり、と弧をかいた。
「そろそろ、効いてきましたか?千花様」
「へぇ?何…?」
「…何のこと、秀秋」
「実は、千花様に内緒でとある薬を飲ませて差し上げたのです…ふふ」
「く、すり?」
「ええ、所謂、媚薬という奴を少々」
その言葉に、思わず息を呑む。火照った頬、赤く滲んだ目尻。酒酔いのせいじゃない、のか…?す、と秀秋の手が伸び、止める暇もなく千花の手を掴む――
「なんですかぁ、秀秋様?」
「…あれ?」
千花はいつも通りふわふわと、その手を受け流した。秀秋はその反応に訝しげに首を捻っている、そこで漸く我に返る。
「千花!気分が悪いとか、変な所は無いのっ…」
駆け寄り、しゃがみこんで。いつもより赤く熟して見える、頬にそっと手を這わす。顔をよく見ようと、何の他意も色もなかった、はずだった――
「ひ、あっ…!」
千花の口から、いつもは聞かないような甲高い声が上がる。それにびくり、と思わず手を離す。千花は俺以上に驚いたように盃を手元に置き、自ら口元を抑えた。