第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
玄関口まで出てみると、女中さんがさっと草鞋を差し出してくれた。
昨日の三人娘とは違う、少し年配の落ち着いた装いだ…ありがとうございます、と笑いかけてみる。
にこりともせず、しかし洗練されたお辞儀が返ってきて恐縮する。
攫って来られたらしい、ものの、どうやら自由の身ではあるらしいと悟って。
俄然、意気揚々と歩き出す。
何となしに屋敷をぐるり、と回り込み、分かれ道に出くわす。
彼処に曲がると、家康様が弓矢の鍛錬をする弓道場だ。
早朝とは言え、勤勉な家康様のことだからきっと――
――今は、顔を合わせてもどうしたら良いか分からないのが正直な所。
これは勇気ある撤退だ!と自らに言い聞かせながら、行ったことのない反対の方へと進む事にする。
暫く、伝い石に沿って歩く。
そしてさらさらと音を立てて流れる小川に、石橋が掛かっているのを渡ると。
その小川が流れ込む池泉を、一周するような形で庭園が広がっているのが見えてきた。
お城の、色とりどりの花が咲き乱れる庭とも、白砂が敷き詰められた石園とも違う。
「…きっとこれが、わびさびってやつだ。
うん、そうに違いないっ」
簡素だけれど、手入れが行き届いている印象を受けるその庭を、朝の澄んだ空気と静けさを堪能しながら歩く――