第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
「…なんだらか、突然っ」
宛てがわれた、独りでは広すぎる部屋のど真ん中。
まだ此処に来て間もない夕刻なのに、押し入れから自ら布団を引っ張り出してきた。
隙間から薄く夕の陽が差し込む以外、鎧戸を閉め切った部屋は真っ暗だ。
「うぅー…!!」
呻き声を上げながら、ぼすっ、と抱えた枕を敷布団に叩きつける。
少しのホコリと一緒に漂う、香ばしい蕎麦がらの匂い。
決して華美では無いけれど、良質な――
まるで彼の人柄を表しているようだ、なんて自然ににやけ出す自分の頬に気付き。
また、わーっと枕に口を当て叫ぶ。
「家康様の方こそばーかばーか!」
あの後、どうにも返事に困り口籠もった私に。
家康様は畳み掛ける様に、抉るような言葉ばかりを口にした。
『あんたの気持ちなら隠しても無駄、ばればれだから』
『このままだと、本当に貰い手が無くなるんだから素直に着いてきなよ』
…あまつさえ、
『この前受けた大怪我の傷も癒えてない癖に、まだ戦おうなんて、馬鹿じゃないの』
だ、なんて。
「この傷なら、もう塞がっていますよ。
この通り、痛くも痒くも無いし…
家康様のおかげですっかりぴんぴん、らぁ?」
穏便に事を運ぼうと、笑ってそんな風に返した私に。
家康様は、何とも冷たい色をした瞳を細め…
『たくみが自分自身と向き合うまで、帰すつもり無いから』
…などと、偉そうにものたまったのだ。