第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
「お帰りなさいませ」
いつも通りの顔が揃い、出迎えられるのにたくみは圧倒され。
いつもより余所行きの声でお邪魔します、と…気持ち小さく、声を上げた。
出掛けに伝えてあったからか、足洗いの桶が二つ出てくる。
草鞋を脱いだ足を、桶につける。
ぬるま湯に、凝りが溶けていくような感覚を味わう。
暫しの後、ひざまづいた女中が慣れた手つきでたくみの足を桶から上げると、手拭いで包んだ。
断る暇を与えない早業に、たくみは目を白黒させ、わ、と驚きの声を上げる。
そんな彼女を横目で笑いながら…俺はいつも通り自分で拭く、と女中に告げ、手拭いを受け取る。
「家康様っ、わ、私も自分でっ…」
「よく拭いてやって」
「畏まりました!」
にこやかに返事をした女中に、たくみはうぅ、と呻くと。
恥じらった表情のまま、大人しく足を拭かれるのに任せている。
俺はそれに耐えきれず、今度こそはっきりと笑顔を浮かべてしまう…しかし、女中達の驚いた様な、楽しげな目にすぐ気付き。
必死の思いで、その笑みを押し留めた。