第10章 【徳川家康】落ちると降りるは速度の違い
ふんふん、と。
隣を歩く頭一つ…いや、二つ分、小さい彼女が調子の良い鼻歌を奏でる。
彼女の世の歌なのだろう、聞き慣れない旋律はしかし、すっと馴染みよく耳に溶けて流れ込む。
「…良い曲」
俺の微かな呟きをたくみは拾い上げ。
にっこりと微笑むと、今度は詞を声に上げ歌ってくれる。
知らない言葉も所々あるけれど、大体の意味は伝わってくる。
「恋の歌、ですよ家康様!
今の雰囲気にぴったり!…だら?」
小首をかしげて、そう俺に尋ねてくる彼女の真意を図ろうと。
じっと覗き込む、俺の視線を避けるように彼女は薄く笑い、少し俯き。
なーんちゃってね!
と、少し大きな声を上げ、繋がれた俺の手をきゅっと握った。
それ以上聞けない、俺も俺だけど――
まるで狐や狸の化かし合い。
笑い合うのに、奥底は見せずに、こんな所まで。
「ところで家康様、何処に行くんですー?」
ぱっと顔を上げ、話を変えるたくみに俺はため息をつく。
それは不満でもあり、安堵でもある。
しかし、調子を合わせるため…無理矢理ににやり、と笑った。
「秘密」
「…ひみつ?
イケメンと散歩、行先は秘密…それはそれは、期待が膨れ上がる!
たまりませんっ、家康様ー!!」
「…せいぜい、楽しみについておいでよ」
出来ればそのご期待に沿いたいもんだね、と。
心の中で自嘲しながら、ただ並んで歩くだけの逢瀬は続く――