第8章 【明智光秀】拈華微笑
真っ直ぐに天主へと上がり、御館様への謁見を願い出る。
襖を開け、一礼をし。
頭を上げて見遣ると、もうとっくに朝の準備を済ませていたらしく、いつも通り太陽を浴びる上座に座っている。
「御早う、光秀。報告せい」
「おはようございます。本日も城下は恙無く、領内は平和そのものかと」
その報告に、御館様は満足げに片口を上げ。
しかし何かを探るように、目を細めた。
「言葉とは裏腹に、貴様は憂いを抱えている様だが」
「…憂い、ですか。
はて、心当たりがありませぬが」
暫し考え返した、俺の答えに。
納得いったのか、否か読めない表情ではあるがそうか、と応え。
「ならば、今日も励むが良い。平和であればこそ、不穏な輩は事が起きる前に…潰すが肝要」
「御意」
また一礼をし、天主を下がる。
近頃、不穏分子と見られる輩が寝食する宿屋に一室を取り。
家来と交代で、詰めている事が多かった。
とは言え、動きが無ければ怪しいだけでは捕らえることも出来ない。
相手の出方を伺うだけの日々が続き、それが御殿に居られる時間を必然的に少なくしていた。
千花に触れられないどころか、声も暫く聞いていない。
そう言った事が相俟って、苛々が募っていくのには自分でも気付いている――御館様はそこまで見透かしたのだろうか、等と考えながら。
暇を潰すための本でも探すか、と思い立ち、出立の前に書庫へと足を向ける…