第1章 炎色(ほのおいろ)
秋の静かな夜、障子ごしに聞こえてくるのは、手のひらの上で転がる小さな鈴に似た音。瞼を閉じて耳をすませばとても心地よく、自然と心が落ち着いていく。
ーーまだ機嫌悪いかな……
私は体を反転させると、胡座をかいて俯いたままの幸村に伺うように声を掛けた。
「……ねえ、幸村?」
「……ん?」
さっきより落ち着いた声色に安心した私は庭から聞こえる音の正体を尋ねる。
「この音……この鳴き声、なんの虫?」
「ああ、スズムシだな」
「スズムシか……きれいな声で鳴くんだね」
「鳴いてるんじゃねーぞ。羽の音だ」
「そうなの?」
「ああ。求愛するときに羽を擦り合わせる。
たまに威嚇するときにもな」
幸村は小さく息を吐き、スッと立ち上がった。
縁側に面した障子に近づくと、両手でゆっくり開き月の光で照らされた庭を眺めながら思い出したように言葉を紡ぐ。
「……怒鳴って悪かった」
「幸村?」
「俺は、お前のいない世が考えられねえんだ。
お前の苦しそうな姿を見た瞬間、初めて恐怖をこの身に感じた。
戦場でも感じた事ねえ恐怖を……この俺がだ。
可笑しいだろ?」
相槌を求めるようにそう言うと、私に視線を向け困った顔で微笑んだ。
「恐怖……?」
「ああ。お前を失う恐怖」
不安と怯えが混じったような目で私を見つめる幸村の姿に胸が締め付けられる。
止まらない気持ちに急き立てられ飛び出すように褥を出ると、縁側に佇む幸村に駆け寄り目の前の厚い胸に顔を埋めた。
「私はいる。どこにもいかない」
「ろき……」
幸村は絞り出す様に私の名を呼び腰に手を回すと、腕と腕をがっしり組み合わせ、その身にグイッと引き寄せた。
「この音を奏でるスズムシのように、俺は一生をかけてお前に愛を謳い続ける。
どんな事があろうと命を賭して全力でお前を守る。
だから……無茶しねえでくれ。
俺を安心させてくれ。頼む、ろき……」
「幸村……」
幸村の言葉で全てを察した。
何故あんなに怒ったのか、何故ずっと不機嫌だったのか。