【松】終身名誉班長とマフィア幹部と汚職警官から逃げたいんです
第1章 終身名誉班長一松
■まず私のこと
あまり面白くはないけど、まず私、ナノの話からしましょうか。
退屈なら2ページほど飛ばすのもアリかも知れません。
ブラック企業。それは、社員を薄給で長時間労働させる悪徳企業である。
一日七十二時間働けて一人前。残業代って何? 倒れた?もう来なくていいよ。
そんな使い捨ての世界である。
かく言う私もそんな場所で働いて――いや働かされていた。
暗い工場で、来る日も来る日もベルトコンベアの前に立ちっぱなし。
残業代どころか、給料すら支給されたことは無い。形の上では支給されてるらしいけど、あらゆる名目で中抜きされ残りは借金返済に回されてる。
借金って何かって? まあ、その話は後でね。
正式な休暇をもらったことなんてあっただろうか。
太陽の光を前に浴びたのはいつだったっけ。
ベルトコンベアからは、何かの部品が途切れず流れてくる。
私は汚れて真っ黒になった作業服とズボンと帽子姿。男か女かも分からない格好だ。
休憩も無くかれこれ十時間立ちっぱなし。痛いとか疲れたとかいう感覚はとうに消えた。
もう頭がこれっぽっちも働かず、ただ無心に手を動かしている。
『ジリリリリリリリ!!』
ハッと我に返る。気がつくとベルトコンベアが止まっていた。休憩時間のようだ。
私はまた物思いにふけっていたらしい。
でも工場に飼い慣らされた家畜の悲しさ。手が勝手に作業をしていた。
かたくなった身体を無理やりにほぐすと、周囲には灰色の光景が見える。
私と同じように、汚れてくたびれた作業服を着た老若男女の群れ。
会話なんてありはしない。硬くなったパンを口に運ぶ者、用を足しに行く者、待ちに待った一本の安煙草に火をつける者、ただぐったりとうなだれ、床に座り込む者。
中には気分の悪そうな人もいるけど、誰も声をかけない、気にしない。
それで作業が遅れるようなら、その人はどこかに連れて行かれて二度と会わない。それだけ。
でもこの人たちだって普通の暮らしをしていた時期があったはず。
私にも家族や住む家があった。
何もかも幸せとは行かなかったけど、衣食住に不自由したことはなかった。
ある日、そんなぬくぬくとした居心地の良い世界が崩壊した。