第2章 風のざわめき
~ オータside ~
さっき、あの場からツムグを連れて行ったヤツが、あのオイカワという男に背いてツムグを渡さずにいた事には驚いたけど。
いや、むしろその彼の行為には感謝すべき···かな。
俺達の船に潜り込んで来た事を差し引いて、の感謝だけどね。
タダシからの話だと、嫌がるツムグを攫った訳じゃないから。
『···く、ない···』
俺に聞こえないように小さく何度も痛くないと言い聞かせるツムグを、何も言わずにそっと抱き寄せる。
痛くない筈なんてない。
銃創は例え掠っただけでも火傷のような痺れと、皮膚を裂く痛みに襲われる。
自分が過去に受けた脇腹の傷痕をなぞり、眉を寄せる。
無意味な血を流し合うのは何も生み出さず、悲しみや怒りを増幅させるだけだ。
だけど、俺の見ている前でツムグに傷を負わせたこの男は···許す事は出来ない。
ただ、背中を伺いながらの戦いは不利だ。
だったら···仕方ない、な。
「ツムグ。今から少しの間、俺は優しい兄様でいられないけど···どうか、怖がらないで」
アズサと約束したんだ。
ケイタもツムグも···みんなも、ちゃんと連れて帰る事を。
だから俺は···今この時だけ、全てを無に返す。
目を閉じて、静かに深く呼吸を繰り返す。
「タダシ。この二人はお前に預ける···何が起きても、俺には気を取られるな」
山「オータさんオレも、」
「守り抜け···お前なら出来る」
ツキシマと言う男の隣にツムグを運んでやり、タダシに何があっても守り抜けと念を押して背中を向けた。
「オイカワ、だったな?」
一度は鞘に眠らせた剣をゆっくりと引き抜きながら、まだ柱に凭れる男を見据える。
及「オレとやり合うつもり?いいよ···お前のその目、嫌いじゃない」
薄く笑いながら、オイカワも同じように剣を抜く。
及「懺悔する時間は必要?」
「···無用」
及「ふぅ~ん?あっそ···オレは、どうすっかなぁ?」
ふざけた言い回しをするオイカワを冷たく睨む。
「悪いけど、お前にその時間は与えられない。火遊びの時間は終わりだ。全てを背負ったまま···海に沈め」
及「言ってくれる」
そう、長い火遊びはさせられない。
「さぁ···先に来いよ、ハンデが欲しいだろ?」