第2章 風のざわめき
今日、チャンスがあれば···ここから···
幸いこの数日間で大体の通路は把握出来た。
あとは実行に移すだけ···なんだけど。
ただひとつ問題なのは。
ここが港から少し離れた沖だと言うこと。
別に泳げないわけじゃないけど、この船から逃げ出して港まで泳ぎきれるかといったら不安はある。
優雅に遊びながら泳ぐ訳じゃない。
追われる身として、泳ぎきれるか···だから。
月「ポチ、何を考え込んでるの?」
···またポチとか。
『何度も言いますけど、私にはちゃんとツムグっていう名前があります!』
どういう訳か、この人は突然私の事をポチと呼び出し···以後ずっと、そう呼ばれ続けてる。
月「ポチは、ポチだからデショ。で、何の考え事?まさか逃げようとか考えてないよね?」
『···別に』
月「脱走とかヤメテよね?こっちにもとばっちりが来るんだから。そうそう、そんな事されたら···僕はあの世行きかもね」
『そんなことは!』
そう言いかけて、あの人ならやりかねないという考えが過ぎる。
私が逃げた代償として、この人の命が奪われると思うと···
月「···なんてね。ほら、くだらない事を考えてないで、コンペイトウでも食べなよ」
私の手のひらに小さな粒を転がし、まだたくさんあるから···と笑う。
ポチって呼んだり、子供扱いしたり。
変わった人···とは思うけど。
時々垣間見る笑顔は、この人は本当は優しい人なんじゃないかと思えたり。
海賊として動いてる時の顔と。
この部屋で過ごす時の顔と。
どちらが本当なんだろう···
···ダメダメダメ!
私を見張るためにこの部屋で生活してるんだからちょっとの優しさに絆されちゃダメなんだから!
だけど、もしかしたら···と、そんな気も消えてはくれない。
もし、この部屋での彼が本当の彼自身だったら。
一緒に逃げよう···とか、ダメ···だよね?
モヤモヤする考えで頭の中がスッキリしないまま、コンペイトウを口に入れた。