第1章 おにぎり
「いつも渡してくれる時は笑顔なんですが、どこか気落ちをされてて、ずっと心配していたのですが……食べてもらいたい人に言い出せなかったんでしょうね」
「……なんで、それが俺だって思ったんだ?」
「以前、お二人が夜に親しそうに歩いてるのを部活帰りに見かけましたので」
「………」
「本人には話してませんよ? 本人から恋仲の方がいらっしゃることも、鬼龍さんとの関係もお聞きしたことはなかったので見かけたときは驚いて声も出ませんでしたから」
あやとは、たまに連絡とかあやのバイト帰りに出くわすとか妹と3人で出かけるとかでしか会えていない。本当なら2人でしっぽりと恋人らしいことをしてやりたいもんだが、俺も仕事や部活に掛り切りで、あやもバイトがあったりしてあまり困らせてやるのも悪いと思っていたからだ。
あいつは我儘を滅多に言わない。色々と我慢をすることに慣れてしまっているから。たまに聞いてみれば、とても可愛らしくて、言えばすぐに叶えてやれる我儘ばかりで…
「……悪りぃ、今度何か埋め合わせする」
「埋め合わせはいらないので、泣かせないでくださいね?」
「俺もあいつの泣き顔を見るのは辛いからな」
そのままランチバックを受け取って、俺は弓道場を後にした。
武道場に戻る前に適当に腰を落ち着けてから食べたおにぎりはちょうど間食にはうってつけの量で、中の具の味がしみていて美味かった。そういや、あやの料理久しく食ってなかったな…中学の時はたまに摘ませてもらっていたが、高校に入ってからは学科も違うから機会もなかったからな。
「……深風だけか?」
「お疲れ様です、蓮巳さん。先程鬼龍さんが探しに来られましたよ?」
「なに? 鬼龍がか? どこに行ったかわかるか?」
「さぁ…多分近くでおにぎりを食べてらっしゃると思いますので呼べばすぐに気配が来られると思います」
「……なぜそこでおにぎりが出てくる?」
おにぎりを食べ終えた後に、俺と入れ違いで弓道場に行った蓮巳から連絡をもらって、俺はデザイン画を持って弓道場にもう一度向かった。