第6章 【聖夜の翡翠princess】第三幕
そこには『Happiness』と、横文字ラベルが貼られた一本のシャンパン。
「みつばに名前の由来を以前、聞かれたことがあったんです。……実は、主人が無類のシャンパン好きで、泡の一粒一粒には幸福が詰まってる。って、名言を良く口にしていまして……」
「花言葉が好きな妻が、幸福を逆引きしで調べ、みつばと名付けたんですよ」
父親は穏やかな表情で話す。
それを聞いたみつばは、日頃の礼に何を贈ろうか悩んでいた両親に、シャンパンを贈ろうと提案したらしい。
「先生のことも、ご婚約者さんのことも本当にこの子、大好きで……いっぱい幸せを贈りたいと。だ、から今日も……きっと、何か理由が。結果的に、先生にご迷惑をかけてしまいましたが……」
俺はその言葉に首を静かに振り、そっと、手を伸ばしてゆっくりと上下する小さい頭に手を乗せる。
(ありがとう。……これ以上、遅刻したら後で怒られるから。もう、行くよ)
みつばが作ってくれたシナリオ。
少し、変わったけど必ず繋ぐから。
ーーえ?俺は、遅刻するの?
ーー十分だけちこく!だって、先生〜いっつもお姉ちゃん来てても、タイミングわるいもーん!その間に、みつばが魔法をかけるの!
俺は病室を出る前に、一冊の本と魔法使いのオーナメントを両親に渡し、みつばへの伝言を頼む。
白衣姿のまま、
真っ白に染まった外に飛び出した。
(く、そっ。タクシーでも……)
今夜は、車をマンションに置いて来てある。
時計台公園は、
ここから全速力で走っても二十分以上。
交通機関も、まともに運行していない。
諦めて、走りかけた時……
ブーッ、ブッー……
振動がコートの中から伝わり……
急いで電話に出る。
「ひまりっ!!」
「……残念だったな。俺だ」
携帯越しではなく、声は近くに停車していた聞こえた気がして、振り返った瞬間。
眩しいライトが二つ点き、銀世界を照らす。
「乗れ……馬鹿王子」
「織田先生……なんで…」
ニヤリと上がる口角。
「プリンセスは、予定通りだ。少し遅れたがな」
車内に乗り込み白衣を脱ぐ。
「……先に言っておく。ネクタイはするな」
聞き返す暇もなく、積雪の中を、猛スピードで走り出した。