第5章 【聖夜の翡翠princess】第ニ幕
久しぶりに聞く。
電話越しじゃなくて……
「夕方で交代になるから。他に用件があれば、その時に言って」
直接、全身に届いた家康の声。
それだけで胸が鳴って。
呼吸も止まって、頬が緩む。
曲がり角の壁に背中を預け、心臓の音を蓋するように……これでもかと言うぐらい、鞄を胸に引き寄せる。
(今なら、少し話をしても迷惑にならないかな……)
ーー先生、ぜったい喜ぶのにっ。
さっき交わしたみつばちゃんの言葉。フッと脳裏を横切り、壁から背中を浮かせた時だった。
カツ……
一つだけ鳴った革靴の音。
でも、次に聞こえたのは……
「あの。私も実は、夕方で上がりで……そ、の……」
私もより少し年上な感じの落ちついた、女の人の声。でも、少し緊張したように声が震ていて……
(っ……)
鈍感って言われている私でも、彼女が何を言おうとしているのか、その声から伝わって、浮かびかけた背中がまた壁にひっ付く。
「だから、何?」
多分、家康はわかってる。
だから、あえて突き放すような声でその先を言わさないようにしているのが、ひしひしと伝わり……
「い、いえ。では、書類を取って来ます」
パタパタと、ナースサンダルが駆けていく音が静かな廊下に響く。
嬉しいのと同時に、複雑な感情も胸にチクっとした痛みとして浮かびかけて、目を閉じた。
カツカツ、カツ……
十二月に入って、すぐ。
結婚指輪が完成したと、連絡がきた時。
ーー早く取りに行きたいんだけど。この様子だと、正月過ぎた頃になりそう。
ーー挙式までに間に合えば、大丈夫だよ!
ーーまぁ、そうなんだけど。……はぁ。……仕方ないか。
その時、吐いた溜息の理由。
今なら少しわかった気がする。
私もつい溜息が溢れて、拳を作った左手。それを、顔の下まで持ち上げた。
(婚約者がいるって、知っている人は一部だけって言ってたもんね)
披露宴の招待状を出したのは、この病院の医師の方と、提携してる病院の方や、医療関係者、会社関係者の偉い方がほとんど。看護婦さんは、婦長さんぐらいしか呼ぶ予定はないみたい。
お互いの友人、親類も入れると凄い人数になるからって。