第5章 【聖夜の翡翠princess】第ニ幕
和室の中に入ると、
まだ真新しい畳の香りが広がる。
その場に正座をして待っていると、暫くしてからおばちゃんが入ってくる。「こっちに来てくれる?」私は即座に反応して立ち上がり、部屋の奥の大きな桐タンスの前に移動。
「い草の良い香りですね」
「折角だから婚礼に合わせて、畳張り替えたのよ〜」
年数も経って、ちょうど張り替え時期だったからと、おばちゃんは言いながら一枚の取り出す。
「それですか?家康の神前式の衣装」
「そうよ〜。この家に代々伝わる由緒ある礼装でね」
畳の上にそっと置かれた、たとう紙。真ん中には、徳川家の家紋が印字され、見た所、高級な和紙が使われていた。
それを挟んで向かい合わせに座ると、おばちゃんはゆっくり紐を解き、広げ、中身を並べながら見せてくれて……
「黒紋付に、グラデーションが華やかな袴……凄く素敵……」
私は食い入るように、
順番に視線を落していく。
黒地の羽織。襟元は金糸で徳川家の葵紋が刺繍してあり、中の長着も黒無地で肌触りの良さそうな高級生地が使われ、袴は月白から銀、そして裾に向かって黒のグラデーションが入り、鮮やかな小判柄の模様。
縫い目もとても綺麗で、丁寧に仕立ててあるのが触れなくても目だけでわかるぐらい、素敵な礼装だった。
「でも実は、これね。主人は着てないのよ」
「え?でも、代々伝わる大切な礼装って……」
「ねぇ〜変でしょ?あの人、うっかり忘れていたみたいで。結婚して、この家を建てて、引っ越しの準備している時に思い出したみたいでね〜」
「ふふっ。おじさんがうっかりなんて、想像できないですねっ」
「あぁ、見えても昔はね〜。でも今、思うとね……きっとこれは家康が着る為の物だった気がして、ね」
え???
いつも明るいおばちゃんの声。
それが少しだけ下がり、私は顔を上げると、珍しくしんみりとした表情のおばちゃんが目の前に居た。