第9章 荒野を歩け[帝統]
恋心の自覚は、人それぞれである。
すぐにその芽生えに気づく人もいれば、自分の心に絶望的に鈍感で、その心がまた新たな想いを孕んだ時に初めて気づく人もいる。
有栖川帝統は、圧倒的に後者であった。
というか、まだ気がついていない。
「わたしも、相当寂しがりやさんみたい。」
酔っ払った親友つむぎをおんぶしている時。
緩くて甘ったるい声が耳をくすぐった時。
帝統のまだ気がついていなかった恋心は今までに感じたことのないような動きと音をした。
音でいえば、ギューン!とか、ズッキューン!!
安いSF映画で出てきそうな効果音。
感覚でいえば、心臓が搾り取られるような。
そんななんともエグい感覚。
急激に現れたその感覚に、帝統はただ赤面する他為す術がなかった。
「なんだ、それ」
「なんすかなんすか。もんくっすか。」
「違う、ちょっと、まて」
「なんすか、なんなんすか。おりませんからね。うぇっへっへ。」
背中に居るウザ絡みしてくる酔っ払いなど、いつも通りあしらってしまえばいいのに、今帝統には、それすら出来ない。
胸が痛い。
じくじくする。
なんか、競り上がってくるかんじ。
耐え難い、感じ。
酔っ払いが首を絞めてくる、位にしか思っていなかった行動が、違う様に見えてくる。密着してる、抱きしめられている、と帝統には見えるようになった。
うわ、色々くっついてる。
うわぁ。うわ、やべ。
そんな中坊のような感情が溢れて止まなくなってくる。
「なんすかー?だいす?ねぇね、」
お構い無しの酔っ払いはウザ絡みを続けていた。長い襟足を引っ張りまくりながら。
帝統はそれどころでは無いのに。
「ちょ、まて、お前一旦降りない?」
「やだね。」
そう言いながら腕の力を強めるつむぎに、帝統の心の中に競り上がってくる何かは勢いを増す。
なんだこれ、なんだコイツ。
めちゃくちゃにムカつくのに、
胸がギュってする。
自分が惚れていることすら気づいていない帝統は、惚れた弱みなんて言葉知るはずもない。
この時、帝統が焦っていたのは、三大欲求のひとつのせいでもある。アレが外から見えるような状態で、アレがナニしてしまうこと。遺伝子レベルで組み込まれてる、アレ。抗いようのない、アレ。
そう、この時有栖川帝統の恋心が孕んだ新たな想いとは、“情欲”であった。