第5章 カ タ チ
逃げるようにチエが出ていった後、残された白ひげはベッドに全身を預けて少し考えた。
この船に乗っている間、それなりに目をかけてきたつもりだ。会話こそ初めの頃しかしていないが、船での様子をよく見ていたし、それから隊長たちから毎日報告を受けて、アイツがどんな人間か分かっていたつもりだ
エースの馴染みだと知って、捨ておく気にもなれなかった。
それに、エースはチエに幼馴染以上の感情を持っていたように見えた。瀕死の状態で、追いかけてきたチエも、同様だと。
それは隊長たちも感じていたらしい。
しかし、あの二人は再会を喜ぶどころか、チエが意識を取り戻すなり怒鳴り合いの喧嘩をしたそうだ
海賊や海兵の肩書きがあるせいにも思えなかったと、マルコは言っていた。
俺も、チエがあの政府の犬どものような崇高な正義とやらを掲げているように見えなかった
エースが海に出てから、海兵になったらしいが、その間で口調も顔つきも、変わったとエースは言っていた。島にいた頃は、普通の女の子だったとも。
今じゃ、クールで、真面目で、1人でこの船に乗り込んでくるほどのバカ。しかもこの俺に取引を持ちかけるくらいの度胸がある。どう変わったかは知らねェが、チエの本質にあるのは頑固で、バカ真っ直ぐな強い想いだ。
あの取引をしたのは、内容ではなくチエの根性を気に入ったからだ
どこまでやれるのか見物だと思っていた
……それが、今にも泣き出しそうなぐちゃぐちゃの顔をして挨拶に来たと言うから、驚いた。
感情を見せず、隙を作らず、それでいて周りを敵に回さず
しなやかにその場を生き抜く女だと思ったが、そうではなかったらしい
あんな表情をするのだ。機械のように完璧な人間のはずがない。むしろチエから人間味を感じたくらいだ
ますます娘にしたいと思ったのに。
この船にいるのが、余程辛いとみた
朝が来れば、息子たちはどんな反応をするか……
(…人の恋路ほど食えない肴はねェと思っていたが……息子のは格別だな)
これは見物だと楽天的に構え、朝の騒ぎに備えて眠りについた。