第6章 悪夢の後日談
そして大きな両手で、私の小さな手を握られる。
顔を上げれば、目の前には世界一、真摯で純粋な瞳。
あらゆる重責を負い、常人なら砕け散るような試練を受けながら、なおも砕けることのない強き意志。
その瞳には私だけが映っていて。
「カイナ。私の大切な人。どうか私と――結婚してほしい」
うーん……。
スッと手を引こうとした。
ガシッと握られた。
キョロキョロと逃げ道を探す。誰もいない。
だいたいいつもなら、このあたりでスティーブンさんの電話とか来るだろうに、来ない。
「カイナ!! 返事を!!」
やっべえ。『今日はイケる!』と思われてる。
いや、でもなあでもなあ。
あ、そうか。これきっと『OKです♡』と言った後、世界の危機とか来てうやむやになるパターンだ。
大体、全力のプロポーズを断り続けるのもストレスだし、この状態が続けばホントにそのうち、
『ヤラレまくって意識がもうろうとしている間にプロポーズ承諾させる→録音→プロポーズ成立♡』
という犯罪まがいの手法で結婚させられかねない。
うん、きっと横やりが入るんだ。そうだ。
「……えと、は、はい。ふ、ふつつか者ですが、よろしく、お願いします……」
ん?
あ、あれ? 涙がポロッとこぼれた。
「カイナ!!」
感極まってガタッと立ち上がり、私を抱きしめるクラウスさん。
私は冷めたこととか、茶化したことを言おうとした。
でも、後から後から涙がこぼれて、もう止まらなかった。
ただ大きな胸にすがり、泣いていた。
クラウスさんは私の背中を優しく叩いた。
そして一度だけキスをし、顔を上げると、
「ギルベルト」
執事さんはどこまでも有能であった。
「おめでとうございます。カイナ様、おぼっちゃま。
式場の予約、進行、料理の手配は全て済ませております。
招待状もたった今、送付完了いたしました。
明日、とどこおりなく式は済ませられるでしょう」
……前日夜中に明日の結婚式の招待状を贈られる。
壮大な嫌がらせをかまされた人々に、私は同情した。
でもまあ、それっぽいかあ。
私はクラウスさんの腕の中でホッとため息をつき、顔を上げてキスをしたのだった。
ホントに、結婚しちゃうんだなあ。
嬉しさだけを感じながら。