第3章 禁断の果実
彼女の爪で切れた頬から、血が首筋に滴る。
でももうそんな事気にしていられない…。
俺は智しか愛せない、愛したくないんだから。
「俺なんかよりもっと良い人が君には現れる
だから、君が俺を思い切り捨て去ってしまえばいい」
『そんな事…出来るわけないわ…』
「いや、出来るさ…俺はもう君を傷つけたくないんだ」
『潤さん…』
「これにサインをしておいてくれ…」
そう言って俺は、鞄から市役所で貰った
離婚届を差し出す。
『ここまで準備しているなんて…本当に酷い人』
「ああ、そうだ…本当にすまない」
『謝らないでよ…次に会う時はもう赤の他人ね
裁判所で逢いましょう』
そう言って彼女は紙を手に、その場を去っていった。
彼女には謝っても謝りきれない程悪い事をした。
怨まれても仕方ないだろう…。
でも、1度他の人に傾いてしまった心は
そう簡単に元には戻らない。
俺はもうこの結末に後悔なんてしていないし、これからも絶対にしない。
智に会いに行こうと、後ろを振り返ったとき
焦がれていた彼の姿がそこにはあった。
「智…」
智「全部聞いてました…ごめんなさい」
「謝らないでくれ、君は何も悪くない…彼女も
全て俺のせいなんだ」
智「ううん…潤さんも何も悪くないです、貴方は抗えない恋に落ちてしまっただけ…その相手が俺って事が凄く嬉しいんですよ」
「智…ありがとう、心から愛しているよ」
智「はい、俺もです…愛してますよ」
俺は、智の肌の温かみを確かめる為に
きつく彼を抱き締めた。
ゆっくりと俺の背中に回される智の細い腕。
智「頬…傷大丈夫ですか?」
「ああ、彼女の心の傷に比べればなんて事ないよ」
智「俺も奥さんに会って謝った方がいいんじゃ…?」
「そんな事しなくていい、彼女もこれ以上傷つきたくないだろう」
智「そう、ですか…」
「そんな事より智、君に話したいことが」
智「なんですか?」
俺は、彼を腕の中から解放しその大きな黒目を見つめて口を開いた。
「これから当分君とは会えなくなる」
智「え…」
「だから君には待っていて欲しいんだ、俺たちの新しい家で」
智「新しい、家…?」
「ああ、もう契約はしてあるんだ…ちゃんとけじめをつけたら、必ず君を迎えに行くからそれまで待っていてくれないか?」