第5章 1週間後にもう一度
「ほら、水」
「ありがとう」
伊豆くんが自販機から買って来てくれたペットボトルを開け、私はピルを飲んだ。何の味もしなかった。
「もう、暗いな」
視聴覚準備室の小さな窓から伊豆くんが外を覗いた。
「そろそろ下校時刻だ。もう歩けるか?キツいなら肩を貸すが」
行為の後立てなくなった私を、伊豆くんはずっと心配してくれた。
「大丈夫、もう歩けるよ」
「桃浜、電車だよな。駅まで送ろう」
「ううん、いいよ。伊豆くん、方向違うよね」
「そうか」
そうして私たちは、校門の前で別れた。
行為の後の伊豆くんは、普段通りの冷めた伊豆くんだった。
私も普段通り。薬の効果も切れた気がする。もう、変にドキドキしてしまうことはない。
伊豆くんとは、特に親しい訳でもないただのクラスメイト。そういう元の関係に戻ろう。
だって薬に流された行為なんて、不毛でしょ。そんなものを引きずったら、私はますますバカな女で、ますます伊豆くんを困らせてしまう。これ以上彼の優しさに甘えてはいけないのだろう。
後悔している訳じゃない。でも、全部薬のせいにしてしまおう。正気の私には関係ないことだと、割り切ってしまおう。
だから、伊豆くんが離れて行ってしまって寂しいこの気持ちは、きっと、気のせいなのだ。
校門を離れて3歩。
私は伊豆くんの方を振り返った。
伊豆くんも、私の方を見ていた。
「伊豆、く…」
胸に何かがこみ上げた。堪らなくなって、駆け出そうとした時、脚がよろめいた。
伊豆くんは飛び出すように走って来て、私の身体を抱き支えてくれた。
「おい、気をつけろ…!」
「伊豆くん…」
「桃浜…。おい、泣くなよ…」
私の目からはポロポロ涙が落ちていた。
どうして止められないのだろう。これ以上彼を困らせるまいと決めたのに。全て割り切ろうと決めたのに。
悔しい。バカだバカだ、私は、本当に。