第1章 happily ever after
私が桜に気を取られ思わず急ブレーキを掛けたのと、跡部が私に追いつき腕を引いたのが運悪く一緒で。そのまま二人共、背面から地面に倒れ込む。
「っうっ…!!」
「ご、ごめん!大丈夫!?って、うあっ…!!」
胸元あたりだろうか、勢いで思い切り肘を入れてしまい、跡部が呻いた声に驚いて。身を立てようと起き上がった瞬間、背後から抱きすくめられた。
「…いきなり止まってんじゃねえよ…」
「ごめん、あの、日本の原風景に気を取られたというか、何というかっ…」
走った後だからか、跡部の胸の音が背中からばくばくと響く。そして私の胸の音が、まるで身体の外まで響いてるんじゃないかってくらいに騒ぐ。ただ、私のそれは、勿論走ったからだけじゃない――
地面に転げてしまって、お気に入りの服が砂まみれだ――折角空港のトイレで身支度を整えたのに。会いたくない、会えないって言いながら、何かの予感に囚われて、そうせずにいれなかった。きっとすぐに会えると、何故か分かっていた。
二人共声も出さず、地面に座り込んだまま。跡部が背後から覆い被さるように抱きついて、私の髪の毛に顔を埋めている。治まらないどころか、どんどん火照りを増していく身体が恥ずかしくて、出来る限り背を丸める。
心臓が飛び出ちゃうんじゃないかってくらい荒ぶっている。でも反対に、心地よくて落ち着く様な気もする。不思議な感覚に、ぎゅっと目を閉じる。
「何故逃げた」
ややあって、跡部が少しくぐもった声を上げた。その問いに返す言葉もなく、唇を噛む。
「何故帰ると連絡しなかった…俺様に会いたくなかったからか?」
そんなわけない、違う、と言いたくて、でもやっぱり声が出せなくて。伝えたくて、振り返ろうとするけれど、キツく絡まった跡部の腕が、それを許さない。
「お前が、馬鹿で後先考えねぇ女な事は知ってる。俺様が嫌われるなんざ有り得ねぇ、それも分かっているが、流石に堪える」
いつも自信満々で憎たらしい跡部の物言い、それは変わらないのに。堪える、と言った跡部の声は弱々しくて、がつん、と胸のあたりを殴られたような痛みが走る――そんな気持ちに、させたかった訳じゃない、のに。