第29章 それぞれ
「久しぶり。もうエマ来てるから、早く相手してやって」
鉄朗は光太郎の顔を見ながらそう言うと、光太郎は、なんで俺に言うの?みたいな顔で鉄朗を見た。
「あー、うん。お邪魔しまーす」
そう言うと、光太郎は私たちを玄関に残して先に家に上がっていた。
…部屋の場所、分かるのかな?
なんて疑問は鉄朗の声であっという間に消える。
「久しぶり」
「久しぶり。…触っても、いい?」
目の前に鉄朗がいるのが、なんか夢のように感じられて。
返事も聞かないで、鉄朗の腕やお腹を触る。
「そんなに信じられない?」
声には出さず、動作で返事をした。
「じゃあさ、ちょい、こっち向いてみて」
言われた通り鉄朗の顔を見ると、突然後頭部に手を添えられ、顔が近づいてくる。
柔らかい、唇の感触。
目の前にある、綺麗な黒色の瞳。
後頭部に添えられている、大きな手。
「どう?夢じゃないだろ?」
「…もっと夢に感じてきた…。」
「あー、かわいい。でも、そろそろ部屋行かねぇと、木兎がうるさいかもな」
「そうだね。お邪魔します」
そう言い、家に上がらせてもらった。
…それにしてもいい匂いすぎではないですか?…いろんな方向に鉄朗がいるみたい。…すごく、落ち着く。
ああ、ここは千葉にある夢と魔法の国よりも、よっぽど夢と魔法の場所だ。
なんて、馬鹿なことを考えながら、靴を揃えていた。