第1章 清らかな水の王国
「じゃあ、おやすみ」
そう言って、セラは自身の部屋へと戻って行った。
少しの間立ち尽くして、シドも部屋へと向かい出す。
「セラ……」
無意識に呟いていた。
(……可愛かったな)
場所は変わり、シド達の宿とは反対の方向……中心街の端にある別の宿。
「あの二人……ファトムスの国民ではありませんでした」
「ああ、そう見えたな」
その一室には、先程シドとセラに助けられた少女ビーナと、連れの青年コアが居た。
「さっき言ってた、ビーナを助けてくれた男女の話?」
二人以外にも、部屋の中には複数のヒトが居る。
「何か気になるの?」
「ビーナが天人族だから助けた……邪な感情のある奴らだったとかか?」
「そっ、そんな事言ってません!」
悪気は無いとはいえ恩人を貶され、ビーナは慌てて否定する。
それにコアが付け加えた。
「ファトムスは豊かな国だ。観光客や旅人など珍しくないだろう」
「でも、ビーナの“気になる”って、結構バカにならないよね」
一同は口を噤み思案する。もしかしたら、その二人は自分達の“目的”に関わって来るのでは……という可能性に思い至った。
「どう思う?リーダー」
リーダーと呼ばれたそのヒトは、閉じていた目を開けて仲間の顔を見回す。
そしておもむろに口を開いた。
「……一部屋に全員は狭過ぎない?」
今までの会話の流れから、思いっきり脱線した話である。
「……仕方ないじゃん、僕らビンボーだし」
「いや、ツッコめよ!話違い過ぎるだろ!」
「リーダー、今は真面目な時だ」
「ごめーん」
いつも通りの仲間の雰囲気に、ビーナは顔を綻ばせる。
そして、自分を助けてくれた二人を思い出した。
(男性の方は、私が天人族と気付くと驚いてましたが……女性の方は、あまり反応なさらなかった……)
天人族と知って絡んで来たあの男の方が、助けてくれた二人より普通の反応だろうとビーナは思う。
今まで仲間にしか助けられていなかった彼女にとって、今日会った二人は異質に感じたのだ。
「ビーナ、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
心配する仲間に答えつつ、ビーナは抱いた蟠りを胸の中に仕舞った。