第1章 清らかな水の王国
シドの決意など知る由も無かったが、同じ時セラはシドの事を考えていた。
(彼は、何を言おうとしたのか……)
明らかに動揺していた金色の瞳を思い出す。
『お前、もしかして──』
この後に続く言葉が何か、考えるとセラは胸が痛んだ。
彼が言い淀んだからと、気付かないフリをしてあの場から逃げた……自分の軽率な行動を恥じる。
(気付かれたかな……)
魔術を使ってしまったのは、セラというヒトの性質による行動だった。
気付くのはいつも終わった後……魔術を簡単に露見するものじゃない、と。
(気付かれなかったとしても、間違いなく疑われた)
セラは、昨日出会ったばかりの犬人の青年に、良い印象を持っていた。
殴られそうになった自分を、拳から守ってくれたヒト。
安心させてくれるような、明るい笑顔が印象的なヒト。
出会えて良かったと、また話してみたいと思えたヒト。
(──なのに)
シドに疑心を与えてしまった。
もし彼が、自分の秘密にまで気付いたなら……
(その時は、彼を……)
セラは考えるのをやめた。それ以上は考えなくとも、ずっと前から決めている。
そうならない為に取るべき行動も、セラの中で決まっていた。
「気付かれる前に、この国を出る」
同日の夜───ある場所
ファトムス王宮を眺めて笑う、一つの影。
それは、世間を騒がせている、怪盗の影。
そのヒトは『怪盗ジェイン』と呼ばれた。
「第2精霊……水精霊《カエルラ》」
呟かれた声には、確固たる意志が宿る。
「必ず手に入れる」
ジェインは地を蹴った。
その足は真っ直ぐ王宮へと向かう。
しかし、ジェインは気付いていない。
自身を追う、別の影がある事に。
それが、一つだけではない事に。
ジェインは気付く事が出来なかった。