第2章 双黒
静けさが支配する夜―――
「紬、そっちは如何だ」
横浜の街中に聳え立つ建物群の内、
とある1つの建物を一旦、素通りして。
一通り、建物の様子を窺った男が後ろに向かって話し掛けた。
・・・。
勿論、彼は独り言を云ったのではない。
彼の空想の人物に話し掛けた訳でもない。
―――実在する人物に話し掛けた、つもりだった。
なのに返事が無い。
男の米神に筋が浮かび上がる。
「あの女ァ~………またどっかに行きやがったなァ!?」
男は静まり返った夜には似つかわしくない程にズカズカと歩き出した。
「!」
サッ!
そして、人影を見付けて隠れる。
今、正に素通りし、様子を窺った建物の入り口の前に立っている人間が居たのだ。
「チッ!もう気付かれ…………あ゙!?」
目を凝らしてその人間を観察して。
男の怒りは頂点に達しようとしていた。
隠れた自分にも腹を立てながら男はその人物の元へと歩み寄っていく。
「なに正面に突っ立ってんだよ!侵入するんだろうが!」
「ん?んー………」
話し掛けた方と、話し掛けられた方の温度差が激しい。
それくらいに、話し掛けられた方は口元に手をあてながら何かを考えている様だ。
それに気づいて男は常を取り戻す。
理由なく、正面に立っていたわけでは無いことを悟ったのだ。
暫く黙っていると、何かを考えていた人物は漸く男の方を向いた。
「何だよ」
「例えばだよ、中也」
男よりも少し背の高い―――紬と呼ばれていた女は面倒なことでもあったかのように眉間にシワを寄せて話始めた。
「こんな夜中とは云え街中で奇襲を行って、だ」
「ああ」
「その近辺の建物の警備システムに引っ掛かる……通報されない確率は凡そ何%だと思う?」
「ああ?別に通報したきゃすれば良いだろうが」
「………。」
中也と話し掛けられた男の返答に紬は再び考え込む。
「らしくねぇな。何だ?一体……何をそんなに考え込んでるんだよ」
被っていた帽子を正して紬に云う。
今から奇襲を仕掛ける積もりだったことを紬が躊躇いだした事に苛立ちはしないものの、気掛かりではあった。
紬には俺が見えていない『未来』が見えている
この実は間違いないのだ。